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英語が蔓延る近代音楽
2006/01/31 15:28
世の中では、様々な場面で英語が使われている。

例えば、今僕の目の前にある灰皿には

「煙90%カット!」と書いてある。



この言葉を聞いて不自然に思う人はいないであろう。

実際、僕もその言葉遣いに違和感を覚えることはない。



ただ、僕はどうしても

「歌の途中に挿入されている英語」

に違和感を覚えてしまうのである。



普段、何気なく聞いている音楽。

その要所要所に登場する英語単語。






愛が芽生えたJuly






僕が小学生だった頃、一世を風靡したSPEEDの

my graduation」という曲の一節である。



なぜこの曲を例に挙げたかは自分でもよくわからないが

何となく思いついたので、使ってみた。

ちなみに僕は絵里子派だったという、いらない情報も加えておく。




これ以外にも山ほどあるが、僕が言いたいのは

「逆だったらどうするんだよ?」という事である。



例えば、映画「アルマゲドン」の主題歌にもなった

エアロスミスの「I Don't Want to Miss a Thing」のサビ部分。







Don't wanna close my 目









明らかにおかしいが

このようなことは現実に起こることは、まず有り得ない。





日本は英語に親しみがあるが

英語圏の人たちに日本語に親しみはない。

その事を考えると、当然のことである。




しかし、あったのだ。

日本語が混ざっている外国曲が。




僕がまだ小学校低学年ぐらいの時。

衛星放送で「アジアの歌姫特集」みたいな番組をやっていた。




どこの国の歌かも、曲調も全く覚えていないが

要所要所に「あなた」や「好き」などの

カタコトの日本語が散りばめられていた。




それを見ていた僕は、笑わずにはいられなかった。

明らかにおかしいのである。







そして、気付いた。








これがアメリカ人の気持ちか、と。











僕はその日から、英語交じりの日本の曲に

違和感を感じるようになった。




そんな僕が今部屋で流しているのは

「MajiでKoiする5秒前」








もはや英語なのか、日本語なのか、よくわからない。









ただ、この歌を聴きながら

「広末、萌えー」と言っている僕は確かにいる。






   
↑8位        ↑17位



結局のところ、どうでもいいという話。



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初めてのチュウ
2006/01/29 15:44
ファーストキス。

それはとても甘美なものであり

また、多種多様の人間ドラマがある。



誰もいない公園でのファーストキス。

緊張して、少しずれてしまった唇。



誰にだって忘れられない初接吻の思い出があるだろう。



かくいう僕自身も、忘れられない思い出がある。

中学一年生の頃、初めて交わした接吻。

僕は未だにその時のことを思い出すことがある。





忘れたいような、忘れたくないような。

そんな淡い思い出。





中学の頃、僕はバスケの地区選抜の選手に選ばれた。

それで男女の選抜チームの合同遠征があったのだが

僕はそこで始めての接吻事変を体験した。



その人は翔ちゃんという名前で

中学も違い、選抜チームで始めて出会った。

しかし、すぐに仲良くなって、練習の合間や練習の後にも

ずっとくだらない話をしながら馬鹿笑いしていた。



翔ちゃんは容姿端麗で、とても人気があった。

中学の時にすでに、高校生をも虜にする美貌。

僕にとってはとても遠い存在だった。



遠征中の夜、僕らはホテルの廊下で話をしていた。



「パイって付き合ってる人いるの?」

「いないよ。そっちは?」

「いるよー。相手、高校生だけど」



高校生と付き合ってるってことは、え○ちもしているのだろうか。

そんな馬鹿なことを考えながら、話を続けた。



「じゃあさ、パイってキスしたことないの?」

「ないよ。てか彼女いたことないし」

「ふーん、やり方教えてあげようか?」




僕は非常に戸惑った。

廊下には他の女子たちが普通にいる。




「いいよ。遠慮しておく」

「いいじゃん。減るもんじゃないし」




そう言うと翔ちゃんは、無理矢理唇を当ててきた。

あろう事か、舌まで入れられてしまった。



その光景を見た女子が悲鳴をあげた。







「翔君がパイを襲ってる!」









男の子に奪われたファーストキス。








その味はまるで、馬糞のようだった。










   
↑8位        ↑16位



ちなみに彼はノーマル。



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ブログの師匠
2006/01/27 03:07
日本ブログ大賞というブログ祭りがある。

とは言っても、僕自身は参加していない。



その祭りに奇遇にも、僕が勝手に心の師と仰いでる

二人のブロガーがエントリーした。




まず一人目は、僕の心の友人であり、浪人留年大学生の

まれ男さんの非モテ系の生態

というか、僕が推薦した。





半年前に僕がわけもわからずブログを始めて

路頭に迷いながら雨に濡れていた時。

手を差し伸べてくれたのは彼だった。



彼はHMV(非モテ系メンバーズビレッジ)という

一種のコミュニティ的なものの長でもある。




忘れもしない、7月某日。(やっぱ忘れてた)

彼のブログに一目惚れした僕は

半ば無理矢理にそのコミュニティにもぐりこんだ。



当時アクセス数が50にも満たなかった僕のブログ。

彼はそんな僕に「面白い」と声をかけてくれた。



自分が師と敬う人にそう言われた僕は

一人、部屋の隅でニヤニヤしたのを憶えている。



今思えば、それは単なる社交辞令だったのかもしれない。

しかし、その一言に僕は救われた。




僕が現在ブログを続けられているのは

彼のおかげと言っても過言ではない。








いや、過言であった。









もう一人は、あのミズノンノ氏が開催した

L-1グランプリ「最強の恋文王決定戦」

優勝者ウチダさんのそう、妄想も嘘。





とにかく、彼のブログは面白い。

面白すぎて、悔しくなることすらある。



彼のブログも、忘れもしない7月某日(やっぱり忘れた)から読んでいる。



ウチダさんとは交流はあまりなかったが

先日メールを送りつけて、見事交流を果たすことが出来た。



日記系のブログが飽和状態の現在のブログ事情において

完璧に「笑わせるテキスト」を作り続ける彼は、僕の大きな目標でもある。




と、ここで僕がべた褒めしても

彼のブログが安っぽくなってしまうのでやめておく。




彼らに共通しているのは

画像を一切使わず、完全に文章のみで笑いをとれるという事。

そして、非常に悔しいことではあるが

僕よりも底抜けに面白いという事である。





まだ立ち寄ったことのない方は

非モテ系の生態

そう、妄想も嘘。

へ立ち寄って欲しいと思う。





それで、何かを感じてもらえたら

「非モテ系の生態」投票ページ

「そう、妄想も嘘。」投票ページ

上記から投票していただきたい。






投票までに何度か手順を踏むので

少しばかり面倒なことではありますが

僕の師匠である人たちへ、心温まる一票をお願いします。




ならびに、まれ男兄貴、うっちーさん。

僕のような若輩者が、何の連絡もせずに

このように勝手な宣伝をしたことをお許しください。





なにぶん、僕もテスト期間であって、普通に更新できないのです。





   
↑8位        ↑18位

こちらの方もよろしければお願いします。
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のび太君になった夏
2006/01/25 09:04
ドラえもん。

日本では知らない人がいないほどの人気作品。



子供向けの番組と言うわけでは決してなく

大人も一緒に楽しめる、不朽の名作である。



僕はドラえもんの映画を見ると、必ず涙が出てしまう。

もう何度も見た。台詞も覚えている。

それなのに、涙が止まらない。



このことからもわかるように、僕は生粋のドラえもんファンだ。

正直、ドラえもんになら、体を許してもいいと思っている。




さあ、ドラえもん。

僕のどらムスコをお食べ。







話を戻そう。






高校3年生の夏。

僕はドラえもんを愛するがあまり

ドラえもんになりたいとまで思っていた。




そんな僕にぴったりのバイトを発見。

「ドラえもん、着ぐるみバイト募集」



僕の故郷である函館市と本州は

青函トンネルという素敵なネルトンで繋がれている。



その真ん中に「海底駅」というものがあるのだが

長期休みになると、そこでドラえもんのショウが開かれる。




ドラえもん海底ワールド




もちろん僕はドラえもんを希望した。

身も心も一つになりたかった。



しかし、スタッフが僕に下した使命は

「お前、のび太やれぽ」



身長186cmの僕。

「そんなにでかいドラえもんは夢を壊す」

というような事を言われた。そりゃそうだ。




僕の記憶が正しければ

その時ドラえもんの中に入っていたのは

ロリ顔の女子大生。(萌え)






さあ、ドラえもん。

僕のどらムスコをお食べ。







話を戻そう。







1日5回のフリーク・ショウ。

台本はなく、全てアドリブでやれとのこと。




舞台の上で司会のお姉さんが

「のび太君、宿題はやったかな?」

と僕に話しかける。





当時受験生だった僕は、素直にうなずいた。





お姉さんはマイクを使わず小声で言う。

「空気読めよ」








着ぐるみで動くのは大変だったが

それ以上に、このバイトは楽しかった。



無邪気に駆け寄ってくる子供達。

写真を沢山撮られる僕(もとい、のび太)。





アクシデントもなく、無事にバイト終了。

お金のことよりも、貴重な体験ができたことが満足だった。




現地で解散し、函館行きの列車に乗る。

疲れて眠りこける僕。




何分寝たかはわからないが

僕は車内アナウンスで目を覚ました。











「次は、青森市」











寝過ごしたとかの話ではない。

そもそもこの列車は函館に向かっていなかったのだ。






僕は心の中で泣いた。










「ドラえも~ん・゚・(ノД`)・゚・。。」











のび太君になった夏の日、2003。

ついでに青森観光してみた。









   
↑11位        ↑13位







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マイクを離さない日本人
2006/01/23 17:22
日本が生んだ偉大な文化、カラオケ。

老若男女問わず、皆に愛されている。



学校帰りのちょっとした時間も、合コンの二次会もお手の物。

下手すると、「揺りかごから墓場まで」という

社会福祉レベルの守備範囲を誇る可能性もある。



なぜ日本人はこれ程までにカラオケが好きなのであろうか。



恐らく、多くの人には、潜在的自己顕示欲があるのだろう。

人に見てもらいたい、注目されたい。私を見てちょうだい。



本当に歌を歌いたいだけなら、一人でもカラオケに行くはず。

しかし、カラオケに一人で行く人は滅多にいない。



歌っている時は自分が主役。

ほら、私をちゃんと見なさいよ。

でも他の人たちは、次に歌う曲を探している。



そう考えると、この矛盾がとても滑稽に思えるが

とにかく、日本人はカラオケが好きなのである。




そこにお酒が入ると、さあ大変。

一度掴んだマイクをなかなか離さなくなる。




先日、近所の居酒屋で飲んでいた時の話。



居酒屋というより、バーに近いそのお店。

店内にはカラオケが設置されており、客は自由に歌って良いとの事。

僕が歌うことはまずないが、他のお客さんはよく使用している。



小さい店なので、その歌声はもちろん聞こえてくる。

それはそれで構わないのだが、先日遭遇したそのお客さんは

恐ろしいほど歌が下手だったのである。



音痴は自分で気付かないと言われるが

この御方もきっとそのパターンだと思われる。



御方の友人も、心なしか苦笑いしているように見えた。

僕達も最初は面白がって聞いていたが

5曲も連続して歌われると、さすがに少し厳しい。



マイクを離さない日本人、ここにありき。



御方は何を血迷ったか、ある名曲を歌い始めた。

この曲を歌って株を上げようとした男達を何人も見てきた。

そして、あえなく散っていった男達がほとんどである。



そんな曲を、御方(音痴)が歌いこなせるはずもない。

友人も心なしか、そわそわしているようにも見える。






御方は期待を裏切ることなく、名曲をぶち壊してくれた。








その曲名は

「瞳をとじて」by平井堅











もう見ていられない。










本当に、瞳をとじてしまった僕がいた。









   
↑12位        ↑9位



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時代の流れと恋愛のかたち
2006/01/20 15:37
今や誰もが持っている携帯電話。

この携帯電話のおかげで、人付き合いのかたちは大きく変わった。



僕と同じ、20歳前後の人たちは

高校生、早ければ中学生の時には既に所持していたはず。



これにより、友達の輪も簡単に広がるようになり

電子メールのやり取りで、その仲を深めやすくなった。



一見、いいことのようにも思えるが、そればかりではない。



たとえば、もう少し上の世代の人たちは

携帯電話を持たずに青春時代を過ごしていた。



気軽にメールすることも出来ない。

待ち合わせに遅れても連絡がとれない。

電話を掛けたら、親が出てしまう恐れもある。



そんな中に、ピュアな恋愛があるのではないか。



ハチ公の前で、健気に彼を待ち続ける彼女。

もう2時間も待っているのに、彼は来ない。

あと10分待ったら来るかもしれない。

そう思って帰ることが出来ない彼女。




なんてピュアなんだ。

そっと抱きしめてあげたいぜ。




今求められているのは、こんな恋愛なんだ。

という話を、先日O茶の水の子と話していた。




現代の若者(含む自分)には、そのような経験はあまりない。

僕が今まで付き合った彼女とも、もしかすると

携帯電話がなければ付き合うことはなかったかもしれない。



携帯電話のおかげで実った恋もある。

携帯電話がなかったら始まらなかった恋もある。



そう考えると、良くも悪くも携帯電話のおかげで

恋愛のかたちは変わってきたのだろう。





話は変わるが、僕はこのブログを始めてから

毎日読者様からメールをいただくようになった。(恐縮です)



そのほとんどは女性で、積極的なメールが多い。

このような経験のない僕は少々戸惑ったりもする。



僕は顔出しもしていないし、素性も明らかにしていない。

そんな僕のどこに惹かれたのかはわからないが

これもまた新しい恋愛のかたちなのかもしれない。




携帯電話で変わった恋のかたちが

インターネットという媒体によって、また変化していくのだろう。




本人に了承は得ていないが

毎日来るメールのほんの一部を紹介してみる。






●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~

~メッセージ~
『初めまして。アド交換希望の久美だよ(^0_0^)。
久美と遊ぼ♪私のID【100300】までヨロシクね(o^ー')b
絶対プロフ見てください☆

これで返事こなかったらショックだなぁ・・・
                              
      このメールが無事届きますように<(_ _)>
               
               久美  より

●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~●~








ここから恋は生まれるのであろうか。

積極的なのは結構だが、ID【100300】というのが多少気になる。



人生最大のモテ期なのであろうか。

毎日このようなメールが来ているのである。




しかし、僕はきっと返信しないだろう。








ごめんね、久美ちゃん。












うちの母さんも、久美って名前なんだ。













   
↑12位        ↑9位



母さんと同じ名前はまずいでしょ?



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白いキャンバス
2006/01/18 18:06
北の大地に降り積った雪。

見渡す限りの銀世界。

それはまるで白いキャンバス。



その汚れ無き光景は

人の心まで白くさせる。



日が差し込めば、その光を反射させ

さらなる光をもたらす。



その道を歩けば足跡が残り

やがて新しい雪に消されてゆく。



全ての罪を洗い流す。

そんなことは決して無いけれど

また一から歩き直すことはできる。



何色にも染まらず降りしきる雪。

全てを映し出す、白いキャンバス。






そんな雪が好きだけれど










犬のうんちが目立ってる。









   
↑13位        ↑10位


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躁の憂鬱
2006/01/16 20:42
躁鬱(ソウウツ)病という心の病がある。

気分が上がる躁状態と、気分が下がる鬱状態が交互に現れるという

それはそれは迷惑きわまりない病気である。



しかし、「躁鬱」という言葉より

「鬱」を単独で使う方が圧倒的に多い。

これもまた、現代社会を象徴するものの一つかもしれない。



この国は病んでるぜ。

そう言わざるを得ないほど、鬱という言葉を耳にする。



「あたし最近鬱っぽくて…」

「あー、なんか鬱だ」



本当によく聞く言葉だ。



僕が敬愛する、かの有名なミズノンノ氏

鬱に対してうっつんというお茶目な名前も与えた。



大変残念な事ではあるが

鬱という言葉は今の日本には必要不可欠の言葉になってきている。



「鬱」と聞けば、気分が下がっていることは容易にわかる。

では、「躁」はどうであろうか?




普段の生活で使われることは、まずないと思われる。

「やっばい!今アタシめっちゃ躁だ!」

こんな言い回し、聞いたことがない。



せいぜい、「アゲアゲ」ぐらいに変換されて

クラブなどで使われる程度であろう。



せっかく意味を与えられてこの世に生を受けたのに

「アゲアゲ」などと言い換えられては、たまったものではない。



少しは「躁」のことを労わってあげたい。

「躁」は今きっと、憂鬱なのである。



躁の身分で、憂鬱。

全くおかしな話だ。




だから僕は今、躁を活用しようと必死なのである。




僕自身、普段はそれ程テンションが高くはない。

だからといってそれ程低いわけでもない。



若者に元気がないと言われている今だからこそ

「躁」の状態が必要不可欠なのである。




僕は今日、いつもよりテンションを上げて学校へ行った。

ハイテンション・パイ。この状態の僕を見かけたら

「パイション」と呼びかけてほしい。




パイ「おっす!」

友人「おはよ、今日元気だね」

パイ「おう、今日は鬱の逆で躁なんよ!」

友人「???」

パイ「だから、躁なの!」

友人「ふーん、そうなの」









冷たい風が、吹き抜けた。








「躁」は文字にすると伝わるが

言葉にすると全く伝わらない。








僕のテンションは一気に下がった。

ローテンション・パイ。この状態の僕を見かけたら

「ローション」と呼んでくれて構わない。









   
↑14位        ↑9位




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音楽と自我同一性
2006/01/15 17:38
ロック・パンク・ジャズ・レゲエ。

音楽の種類は様々。好みは人それぞれ。



J-POPが好きな人。

洋楽が好きな人。

インディーズが好きな人。



色々いるが、僕が時々思うのは

「好きな音楽」は「その音楽を聴いている自分が好き」

なのではないかという事である。
 


素直にその音楽のことが好きなのは当然だが

そのような側面も持ち合わせているのでは、という事。



音楽による自己の主張。

アイデンティティの確立。



僕は小学生の頃

「洋楽ってなんかかっこいいなー」と思い立ち

わけもわからずビートルズのCDを購入した。



最初はそれ程好きではなかった。

「洋楽を聴いている自分」が好きだった。

本当は小室ファミリーの歌の方がいいと思っていた。

当時、小学4年生。



しかし、そのうち本当に好きになっていた。

ビートルズから始まり、グランジやヘビメタにはまり

小学生の貴重なお小遣いを溜めて、ギターも買った。



まさに「形から入った」典型である。



今ではエレキギターをアコースティックギターに持ち替え

聴く音楽も、ボサノバなどの落ち着いたものに変わってきた。



友人が家に来ると音楽をかける。

それは僕のアイデンティティの主張でもある。



自分という人間はこういう音楽を聴いているんだぞ。

どう、結構お洒落な曲でしょ。




少なからずこういう感情を持っていることは確かである。




でも僕の心はこう叫んでいる。











「本当は、アニソンが好きです」











これもまた僕のアイデンティティ。











   
↑14位        ↑10位





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別れの挨拶
2006/01/14 14:51
「じゃあ、元気でね」

「うん、体に気をつけて」



友人との別れが長期になる時には

このような別れの挨拶をする。



しかし、考えてみよう。



このような挨拶をしたところで

別れた後、下手すれば30秒もたつ頃には

その会話のことを忘れているだろう。



感動の別れもへったくれもない。



この時に「体に気をつけて」と言われたからといって

私生活で「あの時言われたからなー。今日はもう寝よう」

なんて思うことは、まずありえない。



だから、有益な「別れの挨拶」を少し考えてみようと思う。





「んじゃ」

「ばいチャ」





微妙。








「また明日」

「うん、また明日」








これは嘘つき。













話は変わって。





先日、成人式で久しぶりに会った友人がいた。

その彼は別れ際にこんなメールを送ってきた。





「お元気で。また会える日を楽しみにしています

追伸:最後の一文は『社交辞令』といいます」





これだ。





社交辞令といいつつも、何故か印象に残ってしまう。







だから僕はこの世界から去り行く友人にこう言いたい。










「ありがとう。また会える日を楽しみにしてるよ。

まあこれは社交辞令なんだけどね」











   
↑17位(!?)        ↑11位



こっちはお帰りなさい。

クローゼットは開けっ放し

僕が愛して止まない女性の帰還。

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新成人の大冒険 再会編
2006/01/12 19:17
↓前回のお話↓

新成人の大冒険 友情編



成人式にスーツを忘れるとは。

自分で言うのも恥ずかしいが

お茶目すぎて、愛しさすら感じる。



僕の体のサイズでは、スーツを借りることも出来ない。(プッチデブ)



というわけで。

成人式当日(1月9日)の朝にスーツを買うことに。



私服で出席という案も出たが

それではカッコつかない。


多少の出費は痛いが、腹をくくった。

今回はキャバクラを我慢することに決定。



(ネネちゃん、また今度来た時に指名するよ)







成人式といえば、旧友との再会。

会場には懐かしい顔が溢れていた。



仲の良かった、あいつ。

あまり喋れなかった、あの人。

少し気になってた、あの子。



会場の外を歩いていると

中学生の頃、僕のことを好きだった子に会った。



モテない男の鑑のような僕のことを

「好きです。かっこいいよ!」

と言ってくれた数少ない天然記念少女。



視力が0.1な事には目をつぶろう。



付き合うことはなかったが

お互い良い友達として関係を築いていた。




懐かしさのあまりに

僕は声を掛けずにはいられなかった。






「おっす、久しぶり!」

「あー、北野君!帰ってきてたんだ!」




北野って、だれ。




コンタクトを着用した彼女は

きっと初めて僕の顔を見たのだろう。




「ごめん、名前なんだっけ」

僕は答えた。








「お前がカッコいいと言ってた男だよ」












この瞬間、僕は函館で一番カッコ悪い男になった。









   
↑11位        ↑11位



おかげさまで少しずつ上がってきました。

投票ありがとうございます。


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新成人の大冒険 友情編
2006/01/10 18:11
毎年この時期になると報道される

「新成人の暴動」騒ぎ。

今年も例に漏れず、各地からの報道を耳にする。



実を言うと新成人である僕自身も暴動、むしろ暴走してしまった。

決してニュースにはならない、小さな暴走。



始まりは1月7日の夜だった。

いつもと同じようにバイトを終え

先輩、後輩たちと麻雀にふけっていた。



その時の会話。



「あれ、今年成人式じゃないの?」

「うーん。今お金厳しいから帰らないです」



この時点では地元の北海道に帰る予定はなかった。



麻雀をしていると、気付けばもう1月8日の朝7時。

みんな解散し、僕も眠りに就こうと思ったが、何故だか眠れない。


成人式の話をしたことによって

地元の友達、そして昔の彼女のことなどを考えてしまう。

僕の脳内は完全に醒め切っていた。



お金の問題で一生に一度のことを棒に振っていいのか。

でも今から帰るには遅すぎる。それに今日はバイトだ。



この時点で朝の8時。

決断を下すなら今だ。


僕はバイトの先輩であるたか1996さんの家へ向かった。

寝ぼけ眼のたかさん。

僕は意を決して言った。


「今から北海道に帰るんで、バイト代わりに出てください!」


突然の申し出で、おまけに休日中の大学生にとってはありえないぐらいの早朝。

いくら気の知れた友人とはいえ、失礼であることは承知である。



たかさんは大切な用事があるにも関わらず

「いいよ。大切なことでしょ。土産話、期待してるよ!」

と柔和な笑顔で答えてくれた。



僕は涙が出そうになった。

ありがとう、たかさん。

今度キャバクラ代、じゃなくて、一杯おごってあげます。



さて、そうと決まれば目指すは羽田空港。

行き先は生まれ故郷の函館市。






手荷物は、パンツと靴下だけでいい。







無事北の大地に降り立った僕は一人でつぶやいた。











「やべ、スーツ忘れた」










   
↑11位        ↑11位



スーツもねぇ、袴もねぇ、オラの財布にゃお金がねぇ。

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安値の憂鬱
2006/01/07 16:56
どれだけ商品価値があったとしても

商品の値段が安ければ本来の価値が下がってしまう。



僕が使用している携帯電話の機種はau。

中学の時に「学割」なるものが導入され

それに便乗して携帯電話を所持することに。



しかし、当初僕の周りに溢れていたau族は

どんどんdocomoへ機種変更していった。



その人たちは何故かauを見下している。



「学割」が安っぽいイメージを植えつけたのか

「docomo=高級」の方程式を作り上げるようになってしまった。



正直な話、僕も若かりし頃に

そのような先入観を持っていた事は事実である。



だが、今となってはそのようなことは思いもしない。



個人的には、auの方が性能の面で優れていると思っている。

学割が安っぽい?結構じゃないか。






だから、次の言葉も言ってはいけない。











「あれ、ユニクロじゃない?」









何を隠そう、僕の勝負服はユニクロで固められているのだ。










   
↑10位        ↑10位


しまむらも好き。





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インフォームド・コンセント
2006/01/06 06:03
今回はいつも以上の駄文ですので

読みたい方だけ続きからお読みください。

インフォームド・コンセントの続きを読む
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夢々
2006/01/04 16:49
人間、睡眠をとると夢を見る。

実際は毎日見ているらしいが、ほとんど憶えていない。

僕も例に洩れず、あまり夢を見るほうではない。



そんな僕が時々見るのが

「夢の中で夢を見ている夢」である。

夢に夢見るパイ少年。



今年の初夢々(造語)はなんと

「ブログを閉鎖する夢」

だったりする。



しかしそれは夢の中の夢であって

「ブログを閉鎖している夢を夢の中でみていた」

ということになる。




起きた時に、夢と現実がわからなくなったので

そのことを頭の中で整理してみる。




夢の中で夢を見て…起きたらまだ夢で。

実際はまだ夢を見ているから起きているわけではなく…






余計わからなくなってしまった。







そこで僕の頭の中でBGMが流れる。










「夢がモリモリっ♪」









ああ、今年はきっといい年なんだ。

新年早々、僕の脳内は夢で溢れている。







夢なんて見るものじゃない。






語るものでもない。







モリモリするものだから。









   
↑10位        ↑14位

このブログの潮時を告げる初夢々でした。

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なすび
2006/01/02 04:52
一、富士   二、鷹   三、なすび

これらを初夢で見ると縁起が良いという。

江戸時代のことわざ。



威風堂々と聳え立つ富士の山。

威厳ある風格の鳥類の王、鷹。



明らかに茄子が浮いているのは言うまでもない。



「成す」や「生す」とかけているのだが

いまいち迫力に欠けている。

まさかの駄洒落オチ。




ここら辺に江戸の時代を感じずにはいられない。




そうは言っても、僕は無類の茄子好き。

「赤ずきんチャチャと同じぐらい好きだ」と言えば

僕の茄子への愛が伝わるはず。





良い機会なので、茄子について色々調べてみた。





原産地はインドだということ。

卵のように白く小さいものもあるということ。






そして発覚した驚愕の事実。












「栄養的にはそれ程期待できません」















茄子、栄養なす。












新年早々くだらない駄洒落を言って申し訳ないが

僕の脳内も江戸時代のままだという事で勘弁して欲しい。









   
↑10位        ↑13位

今年もよろしくお願いします。

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